第5話;『誇り』

 

〜弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために〜

 

『誇れる人生』というのがあるように思うんです。
もちろん、自分に対して誇るというのは何か変ですよね。

『誇れる』という言葉を使う場合は、本来、自分のしていることが自分以外の人との違い
があるからなんですね。

 

「これでも誇りをもっているんだ!」と強がりで言う人がいますが、ご承知のようにそれ
はただの「負け犬発言」なのですね。

 

『エバル(威張る)人』は、残念ながらずいぶんと私たちの周囲にいますね。
ちょっと、偉くなったり、お金持ちになったりすると偉そうにする人がいます。政治家や
役人、成金に多いですよね。

 

『誇れる』ことと『エバル』こととはまったく違います。

 

さて、皆さん、一度落ち着いて自分の事、自分の周りのことを見渡してみましょう。
そして、人に『誇れる』ことをありったけ列挙して紙に書出してみましょう。
自分自身のことですから、人に見せるわけでありません。思い切って書いてみて下さい。
でも、注意して頂きたいことがあります。

 

『自慢』することももちろん『誇れる』ことに外ならないのですが度を越しますと、それ
はやっぱり『エバル』ことになってしまいます。

 

いかがですか、どれくらい出ましたでしょうか?
「いや、そんなこと言ったて出ませんよ〜! また、なにも誇る必要なんか無いじゃあり
ませんか! それこそエバッてどうなるんですか!?」
などと反発する人がいるんですよね。

 

まぁ、もちろん私のひとりよがりな考え方かもしれませんので強要はしませんがねぇ〜(^^;

 

私はいつもみなさんに、『人生は1回キリだ』と言っております。
私たちは、本当に何をしに生まれてきたのでしょう?
何をするために活かされているんでしょう?

 

どうも私は、「何かの理由」があって生まれてきたんだと考えるんです。それはほとんど
確信のように思っております。

 

私を育ててくれた、・・・くれている・・・すべての(例外なしに)人生の諸先輩は『生
まれてきたことに理由、意義がある』とおっしゃいます。
難しいことを言いますと、私の多くの師は、それを『輪廻(りんね)』だとおっしゃるん
です。

 

『輪廻』とは仏教の用語なのですが、私たちは竜巻きのように「人間界」と「仏界」を
行きつ帰りつしながら、繰り返し繰り返し必ず良い方向に生成発展しているのだそうです。

残念ながら、「人間界」と「畜生界」を輪廻する人もいるそうです。
「仏」というのは悟った人のこと、「畜生」というのはもがき苦しんでいる人のことです。

「人間界」においては、「仏界」から来ようとも「畜生界」から来ようとも『人生』すな
わち「人間の一生」は、ただただ修業らしいのです。その修業をするために与えられる
時間が『人生』なんだと考えるわけです。

 

どうも、仏教を押しつけようとしているなと感じられるでしょうね!?
ご承知のように『人生』の意義を考えることを「哲学」といいます。

「哲学」と「宗教」は全く同じなんです!
超一流の科学者の行き着くところは「哲学」「宗教」ですね。
たとえば、ノーベル賞を日本で最初に獲った湯川秀樹博士がこんなことをおっしゃていま
すね。
 「現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。  
  現実は予想できぬ豹変(空)をする。あらゆる平衡は早晩打破される。
  現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
  それにもかかわらず、現実はその根底において常に簡単な法則に 従って動いているので
  ある。達人のみが、それを洞察する」

 

「修行のための人生」を有効に使うと『輪廻』のサイクルでは1ランク上がるようです。
 誰がそんなこと決めるのか?・・・って。

 

たぶん、自分を造ってくれた誰かだと思うんですが・・・。
特に「人間界」と「畜生界」を輪廻している者にとっては、その人生の行いのなかで評価
できる修業を成し遂げた場合、今度は「仏界」との往復に変るらしいのです。

 

ちょっと変な話をしてしまいました。
私は「本当に『誇れる』ということは、自分の人生を何のために使うかハッキリと認識し
ていることだと思っています。

 

その『何のために』ということの「何」に入れるべき言葉を知っていること、そのための
努力を確実にやっていることが『誇り』だと思うのです。

生意気なようですが、私の『何』には『人』を入れるようにしております。

 

もう少し具体的に入れるとしますと『人を育てる、人を活かすために』となります。

ほとんどの生き物は、子孫繁栄のために子供を造ります。
自然現象で「あら、出来ちゃった」という人もありましょうが、子供を持つことこそ『人
を育てる格好のチャンスを与えられている』ことに外なりません。もちろん誠に残念なこ
とですが、お子様に恵まれない方もおいでです。

 

社会人になれば、組織の中で部下や後輩を持つようになります。
部下や後輩のこれからのために、いままで自分が培ってきたことを伝えてゆく、教えてゆ
くことは絶対に誇っていいことですね。

 

自然界が、人間社会がより「豊かに」「幸せに」なるための発明をすること、もっとうま
くいくよういろいろな工夫をし、より効率よく、より能率良くなる仕組みを考えることも世のため人のため」ですよね!?
観戦・観賞に来た人たちに感動を与えるスポーツや観劇・観賞にきた聴衆を楽しくさせる
演劇や音楽も「世のため人のため」になりますよね!?
絵画や彫刻、小説や詩も全部同じですね。掃除、洗濯、清掃すること、美味しい食べ物を
つくること、家を建てたり、道路や橋を造ったりすること、病気の人を治したり・・・、もう一つ一つ数え上げたら切りがないくらい「世のため人のため」になることはあります。

 

今これから、自分が「世のため人のため」になる意義を見出し、それを一所懸命やって行
こうと自覚することを私は「職業観」と呼んでおります。そのことがとりもなおさず『誇
り』をもつことなのですね。

 

企業組織には同じように計り知れない多くのやらねばならないことがあり、それは時と共
に確実に増え続けてゆきます。その一つ一つの課題・仕事には、その意義・目的が必ずあ
るわけです。
ですから、与えられるすべての仕事はどれも優劣をつけることができないくらい重要なの
ですね。

 

「働く」という言葉は、「ハタ(周囲の人々)を楽にさせること」なのです。
今、自分のやっていることがやっぱり間違いなく「世のため人のため」であるわけです。
どれもこれも、考え方・感じ方によって「辛かったり・苦しかったり」しますが、修行な
んだ、そして、自分の行為によって多くの人々に喜んでもらえるんだと考え、一本筋を貫
いてみてはいかがでしょう?

 

「辛」のてっぺんの点に「一」を入れてみてください。
「幸」という字に変わったでしょう?!
こうなれば自分の人生『誇れる』でしょう!?

 

ついでなんですが、成長のための痛みを持つことを「ペイン・オブ・グロウス」と言うの
です。

 

そうなのです!

 

生けとし活きるもの皆んな、ほとんど平等にその一生に課題・チャンスを与えられるんです。
それは「誇って」もいいものばかりなのですね!

「なんだ、人生ってつまらないなぁ!大変なんだ!」とおっしゃらないで下さい。
修業中にだって休憩もあれば、リクレーションだってやっていいのですよ。
飲んだって、歌ったっていいのですよ。
ちゃんと息抜きをさせてくれる時間をいっぱい与えられているのです。
それは間違いないでしょう?
ただ遊ぶだけでは『誇れない』ですけれどね。


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 著者:いわき経営コンサルタント事務所 藤本匡弘
 代表・中小企業診断士・公認システム監査人  藤本匡弘
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